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2019. 01. 17  
〈経済学上のヒューマニティの考察〉

前稿で「ヒューマニティ」という概念を取り上げた。いくらか補足するために、箇条書きでまとめてみた。

☆ヒューマニティの特徴
・自分の利益を犠牲にしてでも、利他的な経済行動を行うことである。

・非合理なように見えて、社会全体の利益は増えることもある。

・「経済人」の概念に対極する。
経済人:自分の利益を最大化するように、経済合理的な行動を取る人間、もしくはその行動モデル。

・非連続的で不確定事象に対して、損害を恐れずに決断をすることができるので、機会損失が減少する。
(⇔プロスペクト理論:人は利益を得られる場面ではリスクを回避をして、損失を被る場合は損失を回避すること。)

・「ギャンブラーの誤謬」に対極して、自己実現欲求などにより、合理的確率に基づかずに、必ず損失を被ると誰もが思っていても、決断を下すことができる。また、人々の共感を呼ぶことで、利益を得る確率が高まる可能性がある。
ギャンブラーの誤謬:特に根拠がないにも関わらず、合理的確率に基づいた予測ができなくなること。

☆なぜ人は「ヒューマニティ」という行動を行うのか。

①自分では実現できないものを、他者への共感により実現するため。
例:クラウドファンディング
②全体的な社会的利益を確保するため。期待値が低い保険的リターンが潜在的にあるため。
例:福祉施設への寄付、シェルターの用地提供。
③自己実現 社会への不平不満や改善したいという自己欲求を満たすため。
例:NGO設立
④共存共栄、相互扶助などの支えあい、助け合いため。
例:育児、親族の介護
⑤自己実現に似ているが、プライスレスな代替物(報酬)を得るため
例:勲章をもらうために寄付をする。 採用に有利なようにボランティア活動に参加する。 

〈ヒューマニティの可能性〉
私は、ヒューマニティは、見返りのない、完全に無償の行為ではないと仮定すると、
ヒューマニティの不合理性を経済分析可能と考えている。
寄付がムダと言ってしまうような経済モデルは、違和感がある。
経済学では、ヒューマニティという概念は必要不可欠だと私は考えている。

〈エピローグ〉
日本には、「鶴の恩返し」という童話がある。
忘れた方のためにあらすじを紹介しておく。

おじいさんとおばあさんが2人仲良く暮らしていた。
ある日、おじいさんが罠にかかった鶴を助けた。

そしてある夜に、若い娘が家に住まわせて欲しいとやって来た。
娘は家の仕事を色々手伝ってくれるが、娘が布を織ると言って、部屋に籠もって、夜(よ)な夜(よ)な布を織り続けた。


完成した布は大層美しいので、高く売れて、彼らの生活は楽になったという。
ただ、おじいさんとおばあさんには、気になることがあった。
娘は布を織っている時は、「決して覗いてはいけない」と言う。
布を織れば織るほど、裕福になるが、娘は痩せ細るのであった。

そしてついに、おじいさんとおばあさんは、興味本位か、居たたまれなくなったのか、娘との約束を破って、機を織る娘の部屋を開けてしまうのであった。

するとそこには、あの日助けた鶴がいて、自分の羽を引き抜いて、布を織る姿があった。
娘は、「さようなら」といって、おじいさんとおばあさんの元から去ったという話である。

「ヒューマニティ」という概念は、経済的な見返りを表向きに求めない行動である。
「鶴の恩返し」という童話は、困っている者を助けたら、良いことが返ってくるという寓話である。
まさに「ヒューマニティ」を勧めることにぴったりな童話である。

この寓話にはもうひとつ教訓が隠されていると考えられていて、「部屋を見ないで」と娘が言ったにも関わらず、部屋を見てしまったおじいさんとおばあさんの愚かさを描いているとも言われている。
せっかく手にした幸せも大切にしないと、すぐに失ってしまうという刹那的な教訓である。
(私には娘が死んでしまう前に、部屋を見たという判断は適切であったと、冷静に見てしまうが…)



あなたが思う人生の成功者はごく一部かもしれない。
しかし、生きているだけでも幸運と考えれば、地球に生きている全ての者が、成功者である。
そう考えると、誰でも「ヒューマニティ」のある行動を積極的に行うことができるのではないか。

戦乱や貧困で、隣近所、親戚と助け合う経験を得ることが少なくなると、困っている人を見かけたら助けるという行動もなくなってきたかもしれない。

いま書いていることは綺麗ごとかもしれないが、無報酬に育児や介護を行うことが、当たり前な世の中でいいのか。もし、そのことで、現実に貧困が起こっているならば、何か経済的動機や報酬があってしかるべきではないか。

「ヒューマニティ」を称え、報い、報われる社会の形成がいまこそ必要ではないか。そのことで、経済的誘引だけでは生じてしまう、格差や不平等といった社会的問題の解決につながるのではないかと、私は強く期待している。

(エピローグ追加 2019年2月16日)

〈最後に〉

「目的も夢もあやふやな暮らしだった
親のスネをかじりながら時間だけあった」

B'zの「さよならなんかは言わせない」の一節が、僕のお気に入りだ。
ボクの青春を思い出すとそうだった。
冴(さ)えなかった。

学校には行っていたが、夏休みになると、家に居たくなくて。
行先も決めず、自転車で意味もなく、30km~40kmもこぎ続けた 。

可能性は無限にあったはずなのに、何もできず、苦しんでいた。
変わらなきゃと思いながら、また日が暮れる。


もしもまた、自分の無力感に気づくことがあれば。
他人(ひと)を大切にしたいんだ。

自分を大事にしなきゃいけないと、教えてくれた。
夢や希望や未来を、教えてくれた。

孤独や寂しさなんてものに共感はいらないかな。
自分で体や心を壊そうとするなんて、もったいないと気づいて欲しくて。

雨が降った後に虹が架かるような。
ささやかな歓びを、大切にして、
またゆっくり歩き出そうよ。


青春に見た、あの映画。
主人公はカッコいい。
ボクは今でも、あんな風になりたい。

ボクという物語のヒーローは、 坂道を下っていく列車のようで。
根拠はあるけど、正解という自信はない。
頼りないレールを転がっていく。

否定も肯定もされず、
自分という存在を見失いそうになる。
他人(ひと)が嘲笑(わら)ってくれることで、
自分がまだ進んでいることに気づく。

暗闇の中、優しく灯るロウソク。
いつか夜が明けると、最高の景色が広がっていて。
ボクは君に「ありがとう」って、言えるのかな。


SEKAI NO OWARI「サザンカ」


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プロフィール

ハゲナルド

  • Author:ハゲナルド
  • 2000円札パラダイス管理人の30代男性(2019年4月現在)。
    全紙幣の1%未満の2000円札と出会うって幸運の予感!
    電子マネーと2000円札があれば事足りる社会はすぐそこに!?

    社会的提言を発信しています。社説カテゴリー
    ①限りある資源の有効活用!
    日本は世界有数の高い労働、資本コストだが、既存資産の回転(稼働)率を上昇させることで生産性は向上する。
    ②積極投資による日本経済活性化!
    国内の余剰資金は主に日本国債に流れているが、国は有効な投融資を行い海外の発展(世界総中流化)に貢献することで、国の経済成長につなげるべき。
    ③投機より投資による経済成長を!
    持続可能な経済発展を成し遂げるには価格上昇率(投機)より投資のリターンであるGDPの伸び率を高める(⊿GDP>⊿PRICE)必要がある。
    ④省資源社会実現による世界総中流化実現を!
    世界中流化で予想されるエネルギー不足には天然資源の買い占めではなく、人的資源を大量に使用する省資源社会の実現で対応する必要がある。(トーマス・フリードマン著「グリーン化革命」は必読あれ!)
    ⑤カジノ合法化、パチンコ課税賛成!
    ⑥自転車取得税の新設
    駐輪場確保、リサイクル促進、放置自転車撤去の財源に。
    ⑦多様なコミュニティに属することで幸福度を高めるサードコミュニティ論を提唱する。

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